圓乗寺(白山1丁目)
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mixiアルバム「圓乗寺(白山1丁目)/お七」コピペ――
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2012年03月21日 19:03
11.03.22.
●南縁山正徳院圓乗寺――
なんえんざん しょうとくいん えんじょうじ。
天台宗。
本尊、釈迦如来。
天正9(1581)年、密蔵院として円栄によって開山。
“八百屋お七”で有名なお七の墓がある。幼い恋慕の挙げ句に放火未遂事件を起こした。一途な悲恋として井原西鶴によって取り上げられ、後に浄瑠璃など芝居の題材となった。
下総国千葉郡萱田(現 千葉県八千代市)生まれ。
後に江戸の八百屋太郎兵衛の養女となる。
生年について1666年(丙午。ひのえうま)とする説があり、それが丙午の迷信を生んだ。お七自身が提出した記録は1669年。己酉。つちのととり。(1668年が有力とされる。戊申(つちのえさる、ぼしん))
処刑の年(天和3年3月29日(1683年4月25日))、彼女はまだ16歳であった。当時は数え年、現代なら満14歳(とされる。生年月日不明)。
お七の家は駒込片町で有数の八百屋。
天和2(1682)年、近くの大円寺出火でお七の家が焼け、菩提寺の圓乗寺に避難。
そこで寺小姓 生田庄之助(吉三もしくは吉三郎とも、または武士であり左兵衛とする説もあり)と出会い、恋仲となった。
やがて家が再建され戻ったが、恋仲になった円乗寺小姓 庄之助に会いたい一心で付け火をした――
放火の大罪で捕らえられたお七は、天和3年、鈴ヶ森刑場で火あぶりの刑に処される。
墓は3基あるが、中央は寺の住職が供養のために、右側は寛政年中 岩井半四郎がお七を演じた縁で建立、左側は近隣住民が270回忌法要に建てた。
※「吉祥寺」→ http://photo.mixi.jp/view_photo.pl?photo_id=1576717957&owner_id=32815602
※関連アメブロ「午歳7/丙午 ・飛縁魔/」→ http://amba.to/11H2wiu
フォト蔵 吉祥寺内供養塚 http://photozou.jp/photo/show/650854/268674922
アルバム: 東京都2文京区/武州江戸
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